人気ブログランキング |

セルリアン☆ブルー

スキー&スノーボード2004-2005

<   2017年 09月 ( 4 )   > この月の画像一覧

神社めぐりの9月でした!(1)寒河江まつり・寒河江八幡宮流鏑馬奉納

皆様、大変ご無沙汰しております!
管理人もタロさも元気です。
皆様は風邪などひいていませんか。
どうかご自愛くださいませ。

9月は年に一度の一週間の長期休暇もあり、寒河江まつり・寒河江八幡宮の流鏑馬奉納を観に行ったり、谷地八幡宮の神事を観たり、宮城県岩沼市の竹駒神社様や金蛇水神社様へ参拝したり、寒河江市の慈恩寺へ拝観に行ったり。

とても有意義な休暇となりましたが、タロさとは休みが合わず会えなかったのが残念…

まずは!
寒河江まつりの「流鏑馬(やぶさめ)奉納!
管理人は「古式流鏑馬」を観てきました。

超かっこよかった~!!
神社めぐりの9月でした!(1)寒河江まつり・寒河江八幡宮流鏑馬奉納_f0168392_22410057.jpg
神社めぐりの9月でした!(1)寒河江まつり・寒河江八幡宮流鏑馬奉納_f0168392_22412878.jpg
神社めぐりの9月でした!(1)寒河江まつり・寒河江八幡宮流鏑馬奉納_f0168392_22481202.jpg
来年も観に行きたいなぁ。是非皆様も御覧になってみてください。



参考サイト:【山形の宝 検索navi】様よりコピペ
http://www.pref.yamagata.jp/cgi-bin/yamagata-takara/?m=detail&id=1582


寒河江八幡宮流鏑馬

県指定文化財 無形民俗文化財

9月14、15日の2日間にわたり、寒河江八幡宮例大祭に合わせて神社境内において、2種類の流鏑馬がおこなわれる。
1つは古式流鏑馬である。3頭の馬に乗った射手が、長さ150mの馬場の途中に立てられた3本の的をめがけて、全力疾走する馬上から矢を放ち、これを3回繰り返して弓矢の的中率で優劣を競うものである。
もう1つは作試し流鏑馬である。馬の速い順番に「一の馬」(早稲)、「二の馬」(中稲)、「三の馬」(晩稲)と決めておいて、3頭を一斉に走らせて翌年の作柄を占うものである。
この流鏑馬は、俗に「馬走り」といわれている。全国でも寒河江八幡宮にだけ残る行事となっている。




by tanaka369 | 2017-09-29 22:56 | 神社参拝いろいろ

「昭和天皇の涙」

Facebookで拾ってきました。
文章の途中から私も涙がこぼれてしまいました。

昭和天皇がご崩御されたのは私が中学生の頃。
ご崩御された時の映像を今でも覚えております。
日本を見守ってくださいませ。




【昭和天皇の涙】


昭和20年8月の終戦後、

日本は未曾有の食料危機となりました。

物価も高騰しました。

食料の配給制度は人々の生活を賄うに足りず、

不衛生で暴力が支配する闇市があちこちに立ち並びました。

それまで、東亜の平和を願い皇国不滅を信じていた人々は、

価値観を根底から否定され、いかに生きるべきか、

どう生きるべきかという規範さえも失い、

呆然とし頽廃と恐怖と飢えが人々を支配してた。


その日本人が、ある事件をきっかけに、

国土復旧のために元気になって立ち上がった。

そのきっかけとなったのが、

昭和天皇の全国御巡幸だったといわれています。


昭和天皇の御巡幸は、昭和21年から、

神奈川県を皮切りに昭和29年の北海道まで、

足かけ8年半にかけて行われました。

全行程は3万3000km、

総日数は165日です。


この御巡幸を始めるにあたり、

陛下はその意義について次のように述べられています。


------------------

この戦争によって祖先からの領土を失い、

国民の多くの生命を失い、

たいへんな災厄を受けました。

この際、わたしとしては、

どうすればいいのかと考え、

また退位も考えた。

しかし、よくよく考えた末、この際は、

全国を隈なく歩いて、国民を慰め、励まし、

また復興のために立ちあがらせる為の

勇気を与えることが自分の責任と思う。

------------------


そして昭和24年5月。

九州への御巡幸でのこと。


この日、陛下は、たってのご希望で、

佐賀県三養基郡にある因通寺というお寺に御巡幸されています。


このお寺には洗心寮という引き揚げ孤児の寮がありましたが、

戦災孤児や引き揚げ者の境遇を気にかけておられた昭和天皇は、

ここを佐賀県での最初の御巡幸先にされたのです。

その洗心寮で見られたのが次のような光景でした。


孤児たちには、あらかじめ陛下がお越しになったら、

部屋できちんと挨拶するように申し向けてありました。

ところが、一部屋ごとに足を停められる陛下に、

子供達は誰一人、ちゃんと挨拶しようとしない。

昨日まで、あれほど厳しく挨拶の仕方を教えておいたのに、

みな、呆然と黙って立っている。

すると陛下が子供達に御会釈をなさるのです。

頭をぐっとおさげになり、

腰をかがめて挨拶され、

満面に笑みをたたえていらっしゃる。


それはまるで、陛下が子供達を

御自らお慰めされているように見受けられたそうです。

そして陛下は、ひとりひとりの子供に、お言葉をかけられる。


「どこから?」

「満州から帰りました」

「北朝鮮から帰りました」

すると陛下は、この子供らに


「ああ、そう」

とにこやかにお応えになる。

そして、


「おいくつ?」

「七つです」

「五つです」

と子供達が答える。

すると陛下は、子供達ひとりひとりに

まるで我が子に語りかけるようにお顔をお近づけになり、


「立派にね、元気にね」

とおっしゃる。

陛下のお言葉は短いのだけれど、

その短いお言葉の中に、深い御心が込められています。

この「立派にね、元気にね」の言葉には、


「おまえたちは、遠く満州や北朝鮮、

フィリピンなどからこの日本に帰ってきたが、

お父さん、お母さんがいないことは、

さぞかし淋しかろう。悲しかろう。

けれど今、こうして寮で立派に

日本人として育ててもらっていることは、

たいへん良かったことであるし、私も嬉しい。

これからは、今までの辛かったことや

悲しかったことを忘れずに、

立派な日本人になっておくれ。

元気で大きくなってくれることを

私は心から願っているよ」


というお心が込められているのです。

そしてそのお心が、短い言葉で、

ぜんぶ子供達の胸にはいって行く。


陛下が次の部屋にお移りになると、

子供達の口から


「さようなら、さようなら」

とごく自然に声がでるのです。

すると子供達の声を聞いた陛下が、

次の部屋の前から、いまさようならと発した子供のいる部屋までお戻りになられ、

その子に


「さようならね、さようならね」

と親しさをいっぱいにたたえたお顔でご挨拶なされるのです。


こうして各お部屋を回られた陛下は、

一番最後に禅定の間までお越しになられます。

この部屋の前で足を停められた陛下は、

突然、直立不動の姿勢をとられ、

そのまま身じろぎもせずに、

ある一点を見つめられます。


それまでは、どのお部屋でも満面に笑みをたたえて、

おやさしい言葉で子供達に話しかけられていた陛下が、

この禅定の間では、うってかわって、

きびしいお顔をなされた。

入江侍従長も、田島宮内庁長官も、

沖森知事も、県警本部長も、

何事があったのかと顔を見合わせます。

重苦しい時間が流れる。


ややしばらくして、

陛下がこの部屋でお待ち申していた女の子に、近づかれました。

そしてやさしいというより、

静かなお声で、引き込まれるように


「お父さん。お母さん」

とお尋ねになったのです。

一瞬、侍従長も、宮内庁長官も、

何事があったのかわからない。

陛下の目は、一点を見つめています。


そこには、女の子の手には、

二つの位牌が胸に抱きしめられていたのです。

陛下は、その二つの位牌が

「お父さん?お母さん?」とお尋ねになったのです。


女の子が答えます。

「はい。これは父と母の位牌です」

これを聞かれた陛下は、

はっきりと大きくうなずかれ、


「どこで?」

とお尋ねになります。


「はい。父は、ソ満国境で名誉の戦死をしました。

母は引揚途中で病のために亡くなりました」

この子は、よどむことなく答えました。

すると陛下は


「おひとりで?」

とお尋ねになる。

父母と別れ、ひとりで満州から帰ったのかという意味でしょう。


「いいえ、奉天からコロ島までは

日本のおじさん、おばさんと一緒でした。

船に乗ったら船のおじさんたちが

親切にしてくださいました。

佐世保の引揚援護局には、

ここの先生が迎えにきてくださいました」


この子が、そう答えている間、

陛下はじっとこの子をご覧になりながら、

何度もお頷かれました。

そしてこの子の言葉が終わると、陛下は


「お淋しい」

と、それは悲しそうなお顔でお言葉をかけらた。

しかし陛下がそうお言葉をかけられたとき、

この子は口元を引き締め


「いいえ、淋しいことはありません。私は仏の子ですから」

陛下は少し驚いて女の子の目を見つめたが、

女の子はひるまずに続けた。


「仏の子は、亡くなったお父さんとも、

お母さんとも、お浄土に行ったら、

きっとまたあうことができるのです。

お父さんに会いたいと思うとき、

お母さんに会いたいと思うとき、

私は御仏さまの前に座ります。

そしてそっとお父さんの名前を呼びます。

そっとお母さんの名前を呼びます。

するとお父さんもお母さんも、

私のそばにやってきて、

私を抱いてくれます。だから、

私は淋しいことはありません。

私は仏の子供です」


こう申し上げたとき、

陛下はじっとこの子をご覧になっておいででした。

この子も、じっと陛下を見上げています。

陛下とこの子の間に、

何か特別な時間が流れたような感じがしたそうです。


そして陛下が、この子のいる部屋に足を踏み入れられます。

部屋に入られた陛下は、

右の御手に持たれていたお帽子を、

左手に持ちかえられ、

右手でこの子の頭をそっとお撫でになられました。

そして陛下は、


「仏の子はお幸せね。

これからも立派に育ってくださいね」

と言葉をかけられた。


そのとき、陛下のお目から、

ハタハタと大粒の涙が一つ、二つ、

お眼鏡を通して畳の上にこぼれ落ちた。


すると、ふいに女の子は、小さな声で


「お父さん?」

と呼んだそうです。


これを聞いた陛下は、

深くおうなずきになられた。


その様子を眺めていた周囲の者は、

皆、言葉をなくして顔を覆った。

東京から随行してきていた新聞記者も、

肩をふるわせて泣いていた。


もはや陛下はあふれる涙を隠そうともしない。

陛下にはこらえられぬ事のない

剛の風を備えた武人の一面もあった。

が、この時ばかりは、ついにこらえるのを

あきらめてしまったようだった。

寮を去るまで付いてきてしまった大勢の子どもたちに見送られ、

天皇は因通寺を後にした。


皇居にお帰りになられた昭和天皇は、

この時のことをこう詠まれました。


「みほとけの教へまもりてすくすくと

生い育つべき子らに幸あれ」


この御製は因通寺の梵鐘に刻まれているそうです。


参照:ぼやきくっくり,ねずさんの ひとりごと


------------------------------

日本の皇室は世界で最古であり

日本は世界最古の独立国とも言われます。

東日本大震災もそうですが、

戦後の日本が復興できたのも

天皇の存在やご巡幸は

とても重要だったと思います。

日本の歴史の中で天皇という存在は

きっと日本国民の心の中深くに、

存在してきたのではないでしょうか。


よろしければ、シェアお願いします。

画像に含まれている可能性があるもの:3人、立ってる(複数の人)、スーツ、結婚式、屋外




by tanaka369 | 2017-09-13 09:24 | 日本の事・日本人の歴史

気になる寝言

週末はタロさんちに泊まってきました。
タロさの証言によると、

「神様が……」

と、管理人が寝言を言ったそうです。
関連画像
平素から神社大好きな管理人。
タロさに「神様が、の次にわたし何て言ってた?!」と聞いたら、
そこで終わったそうです。

気になる~。
ああ気になる。

神様がどうしたんだ!
全く夢の内容覚えていない管理人でした…

タロさの証言は他にもありまして、過去には「ウフフ…フフフ…ウフフフ」としばらく笑っていたそうですよ。
管理人、何か楽しかったようです。
こちらも全く覚えていないわけですが。

by tanaka369 | 2017-09-11 23:50 | 管理人の日常

東北の阿波踊りのお祭り「みちのく阿波おどり」

過日に「みちのく阿波おどり」を観に行ってきました。
とても楽しかったです!

管理人は阿波踊りが大好き。
いつか徳島へ旅行して阿波踊り三昧するんだぁ。

こんなに阿波踊りを愛している管理人ですから、徳島新聞に激怒しましたけどね。
皆様はご存じかもしれませんが、今日は楽しい投稿をする予定なので徳島新聞の件は割愛。

仕事帰りに行きました。
東北の阿波踊りのお祭り「みちのく阿波おどり」_f0168392_07031522.jpg
もう目頭が熱くなりました!
この一年、待ったかいがあるというものです。
東北の阿波踊りのお祭り「みちのく阿波おどり」_f0168392_07050765.jpg
観客席のちびっこも踊っちゃってます。
キレッキレの阿波踊りでビックリ!
凄い微笑ましかった~!
東北の阿波踊りのお祭り「みちのく阿波おどり」_f0168392_07055196.jpg
女踊りも優雅で素敵。綺麗~!
東北の阿波踊りのお祭り「みちのく阿波おどり」_f0168392_07073926.jpg
最後には一般人も参加して阿波踊りの盆踊りがあります。
管理人も見よう見まねで踊ってきました~。
もう楽しいってなんの。

「ヤットサー! ア、ヤットヤットー!」
東北の阿波踊りのお祭り「みちのく阿波おどり」_f0168392_07110728.jpg
終わった後、屋台でお土産を買ってきました。
タロさが好きな鶏肉と、タロさお父さんように肉団子。
自身にはソース焼きそば。

楽しい時間はあっという間ですね…
また行きたいと思っています!

by tanaka369 | 2017-09-07 07:14 | 管理人のおでかけ



ネットの大海の片隅でひっそりと生息しています
by tanaka369
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
最新の記事
画像一覧
記事ランキング
検索
カテゴリ
お気に入りブログ
最新のトラックバック
www.northamp..
from www.northampto..
ガガミラノ ダイヤモンド..
from ブルガリ 香水 プールオム ..
ブライトリング b-1 ..
from ブルガリ 財布 正規品 充電器
http://lucru..
from ブルガリ 時計 電池交換 au
スーパーコピー,スーパー..
from ランゲ
以前の記事
2019年 01月
2018年 12月
2018年 11月
2018年 10月
2018年 09月
2018年 08月
2018年 07月
2018年 06月
2018年 05月
2018年 04月
2018年 03月
2018年 02月
2018年 01月
2017年 12月
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
その他のジャンル


Skin by Excite ism