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セルリアン☆ブルー

スキー&スノーボード2004-2005

大東亜戦争、日本が侵略したと思っている方々へ

メッセージがございます。

中庸でいるには様々な側面を知ることも必要。
真実を知るには頭を柔らかくして臨む事が必要です。


歴史街道WEBより転載。
http://shuchi.php.co.jp/rekishikaido/detail/2455

戦後70年、「日本軍が侵略した」と騙るすべての人へ

2015年08月04日 公開

井上和彦(ジャーナリスト)


神風特別攻撃隊の慰霊祭で日の丸の旗を持つフィリピン・バンバン村の子供たち(写真:井上和彦、以下同)

 2年前、10万部を突破した『日本が戦ってくれて感謝しています』(産経新聞出版)で話題を集めたジャーナリストの井上和彦氏が、新著『ありがとう日本軍』を上梓した。

 「写真集を手にする感覚でご覧いただき、先の大戦を追体験していただきたい」「今こそ、日本人としての誇りを取り戻してほしい」。「そこまで言って委員会NP」をはじめ数多くのテレビ番組のコメンテーター、キャスターも務める井上氏が、戦後70年のタイミングで執筆した本書に込めた想いを伺った。

現地で一度も耳にしなかった、日本軍への非難

――『日本が戦ってくれて感謝しています』と比べると、カラーを含めた写真が非常に多く掲載されています。

井上 「百聞は一見にしかず」という言葉がありますが、かつての戦場に立てば、わずかでも日本軍将兵の苦労や想いを追体験することができ、そして封印された歴史の真実が見えてきます。私は、そんな大東亜戦争の真実を求めて、今も各地の戦跡を訪ね続けています。

 マレーシア、シンガポール、インド、タイ、インドネシア、フィリピン…。そうした東南アジア諸国の他にも、日本人がリゾート地としてよく訪れるグアムやサイパン、テニアン、ペリリュー、そして沖縄で、私がこの足で歩いて出会い、カメラにおさめた「事実」を、皆さんにご覧いただきたかった。そうすることで、大東亜戦争を追体験して欲しかった。特に写真には、時には文字以上に事実を雄弁に語る力があります。そこから、「あの戦争とはいったい何だったのだろう」と考えるきっかけにしていただきたいと思い、筆をとりました。

――実際に各国を歩いて回り、胸に残ったことは何でしたか?

井上 よく、日本では「日本軍はアジアで酷いことをしていた」と教えられます。しかし私は一度も、1人たりとも、日本軍を悪し様に語る方に出会いませんでした。これは事実です。むしろ、どうすれば「日本軍にこんな酷いことをされた」と語る方に現地で遭えるのか、大げさでなく、教えて欲しいくらいです。

 現地の人々にとって、日本軍は植民地支配を続ける欧米諸国からの「解放軍」として目に映ったといいます。第2次世界大戦前、世界の多くが欧米列強の植民地であり、被征服民は人間の尊厳も奪われまさしく奴隷として酷使されていました。それこそ、教育も施されずに、馬や牛のように働かされていたといいます。そんなところにやってきて、彼らを解放しようとしたのが、同じアジアの民族である日本軍だったのです。

「日本のおかげで、アジアの諸国は全て独立した」

――しかし、日本軍がアジアを「侵略」をしたと語られることもあります。

井上 日本が大東亜戦争を戦った理由、それは自存自衛とアジアの解放に他なりません。戦後、タイ王国のククリット・プラモード首相は、

 「日本のおかげで、アジアの諸国は全て独立した。日本というお母さんは、難産して母体をそこなったが、生まれた子供はすくすくと育っている。今日東南アジアの諸国民が、米英と対等に話ができるのは、一体誰のおかげであるのか」

 と書き記しています。この言葉が、あの戦争が何であったか、そのすべてを表わしているでしょう。

           テニアン島の空港。各種砲が野外展示されている

 また、「日本軍=侵略者」と騙(かた)る際に、日本人が現地の人々にビンタなどの「暴力」をふるったと指摘されることもあります。しかし、私はテニアンで、日本軍が現地の人々に厳しく接したことへの感謝の言葉に出逢いました。そこで出会った日本人女性が、テニアンの年配者から聞いたというこんな話をしてくれたのです。この女性によれば、

 「この島のお年寄りたちは、『戦後やってきたアメリカは、たしかに援助はしてくれた。けれど、気づけばビザとハンバーガーとペプシコーラを与えられるだけで、島民はおかしくなってしまった。ところが比べて日本時代は、確かに日本人は厳しかったが、モノをただ与えられる今に比べてほんとうに幸せな時代だった』と言ってますよ。皆、日本時代を懐かしがっているんですよ…」

 というわけです。働くことや学ぶことに日本人は厳しかったが、そこには現地の人々の暮らしを向上させようとする“愛”があったのです。だからこそ日本時代を知る年配者は、日本時代への郷愁を感じているのです。

 まさかテニアンで、こんな話を聞けるとは思っていませんでした。世界中がこうした事実を知っているからこそ、私自身、各地で「日本軍を尊敬している」「日本軍に憧れている」、そして「ありがとう、日本軍」と声をかけられたのです。

――『ありがとう日本軍』に掲載している中で、印象に残っている写真はありますか?

井上 数多くありますが、昭和19年(1944)に撮影されたもので、ビルマ戦線でインド国境を突破し、ともに万歳をする日本軍将兵とインド国民軍の写真は何度見ても、胸を打たれます。

 当時、展開されたインパール作戦は戦後、日本陸軍の愚策の1つとされてきましたが、作戦の本質は日印連合軍による「対英インド独立戦争」でした。事実、インドはインパール作戦を「インパール戦争」と呼び、独立戦争として捉えています。「日本の侵略戦争」などとは誰も思っていませんし、作戦の『事実』を端的に表わす1枚でしょう。

 また、昨年訪れたインドネシアの「独立宣言起草博物館」に展示されていたスカルノ大統領手書きの独立宣言の起草案も掲載していますが、非常に印象的です。インドネシアは日本が敗戦した2日後の昭和20年(1945)8月17日、オランダからの独立を高らかに宣言しましたが、スカルノは日付を「17-8-′05」と記しています。

 この「05」とは、果たして、何を指すのか。実は、「皇紀2605年」なのです。彼らは独立しても、なお、日本の暦を用いたのです。もしも日本のことを恨んでいたのならば、独立にあたって誰が皇紀を用いるでしょうか。こうした写真を見るだけでも、「日本が侵略をした」という論がいかに事実無根であり、むしろ、アジア諸国の方々に、いかに感謝され、讃えられたかが分かると思います。さらにいえば、その後のインドネシア独立戦争の中心を担った『郷土防衛義勇軍(PETA)』を戦時中に作ったのも日本軍であり、現在、PETA博物館前に建つ兵士像は日本兵と見分けがつきません。
     インドネシアのPETA博物館前の兵士像


独立宣言起草博物館前でパレードを待つインドネシアの若者。独立の背景には、日本将兵の存在があった。手にはスカルノ大統領の写真

戦後70年、今こそ日本軍将兵の「事実」を

――折しも、「安倍談話」がまもなく発表される予定です。

井上 今、日本人がどうして卑屈になっているのか。それは、大東亜戦争で実際に日本と戦ったわけでもない中華人民共和国と韓国に難癖をつけられているからです。

 中華人民共和国が出来たのは1949年であり、韓国に至っては、共に戦った立場です。実は、中華人民共和国を創設した毛沢東ですら、昭和39年(1964)に訪中した日本社会党の佐々木更三委員長らに「日本軍国主義は中国に大きな利益をもたらし、中国人民に権力を奪取させてくれました。みなさんの皇軍なしには、我々が権力を奪取することは不可能だったのです」(『毛沢東思想万歳』下)と語っているのです。

 そういうことを、残念ながら日本人はあまりにも知らなさすぎますね。だから、外から何か言われたら「我々の先人達が何か悪いことをしたんじゃないか」と思ってしまうのです。そして謝る必要がないことに謝ってしまい、より外交関係が歪(いびつ)になる…。世紀の大捏造事といえるいわゆる“従軍慰安婦”や、いわゆる“南京大虐殺”にしても、これがフィクションであるから、彼らは証拠を提示することができないし、また執拗に騒ぎ立てるわけです。

 安倍首相は今年4月、アジア・アフリカ会議(バンドン会議)60周年記念首脳会議で、日本が国際社会に復帰する際にアジア・アフリカの国々が後押ししてくれたことに感謝すると語りました。

 これは非常に重要なことで、なぜアジア・アフリカの国々が日本を後押ししたかといえば、大東亜戦争で日本が米英に対して起ち上がったことが、それまでの欧米列強支配の世界に楔をうち、アジアやアフリカの国々が独立のきっかけとなったからです。安倍首相のスピーチは万雷の拍手を受けましたが、このスピーチこそがまさしく大東亜戦争の精神であり、我々はそろそろ、今まで囚われていた虚構、フィクションから脱出しなければならないでしょう。

――今年は、終戦70年を迎えた特別な年です。

井上 今、多くの戦争を体験した方々が亡くなっていっています。恐らくは、「戦後80年」の時には、戦争体験を証言してくださる方は、残念ながら、いらっしゃらなくなっている可能性が高いでしょう。

 その中で、従来のフィクションが生き続けるということは、将来の日本の子供たち、孫たちに負の遺産を遺すことになる。だからこそ、あの3年8カ月の戦いを、正しく、客観的に見直すことは、将来の日本人に対する最大の贈り物だと思います。そしてそれは、今を生きる我々の義務でもあるでしょう。そうでなければ、将来の日本人は中国と韓国にいわれなき理由で不当に批判され続けることになりますし、また日本のため、アジア解放のために雄々しく戦った日本軍将兵たちは、中国、韓国に永遠に冤罪を着せられたままになってしまいます。そんなことが許されていいはずがありません。

 謝るとするならば、あの戦争に負け、日本に期待をしていたアジアの人々をがっかりさせたことでしょう。日本が負けたことで、大東亜戦争中に独立を果たしたベトナムには、フランスやイギリスが戻り、インドシナ戦争が起きました。第1次、第2次インドシナ戦争でベトナム人は、あまりに大きな苦難に見舞われました。また、インドネシアにもオランダやイギリスが戻り、独立戦争が起きましたが、ここでも多くのインドネシアの人々が殺されています。もし、大東亜戦争で日本が負けていなければ、彼らはあの塗炭の苦しみを味あわずに済んだはずなのです。

 そして、もう1つ、忘れてはいけないことがあります。実は日本軍将兵の中には、戦後も現地に残って各地の独立軍戦争を戦った者も多かったのです。ベトナムでは800人、インドネシアでは2,000人にのぼりました。


インドネシアのカリバタ国立英雄基地に眠る元日本兵。インドネシア独立のために命を賭した

 彼らの中には終戦の詔勅に「朕は帝国と共に終始東亜の解放に協力せる諸盟邦に対し、遺憾の意を表せざるを得ず」とあることに胸打たれ、諸盟邦、つまりはアジアの国々に残って独立のために戦うことを決意した人もいたといいます。まさに彼らは、大東亜戦争の理念の総仕上げを成し遂げようと起ちあがったのです。もちろん、祖国には愛する家族がおり、会いたかったはずです。そんな思いを擲(なげう)って、アジア解放のために戦ったのです。

 このような日本軍将兵が行なったのは、「侵略戦争」だったのでしょうか。現地を歩けば、そんな論がいかに馬鹿げた話か分かりますし、今の日本のメディアや政治家は自分の足で情報を得ていないため、真実をまったく知らないと感じずにはいられません。だからこそ自分の手で大東亜戦争の「事実」を手に入れ、自分の頭で考えることが必要なのではないでしょうか。拙著がその手段のひとつとなれば、それ以上の喜びはありません。


著者紹介

井上和彦(いのうえ・かずひこ)

ジャーナリスト

昭和38年(1963)、滋賀県生まれ。法政大学社会学部卒業。専門は軍事・安全保障・外交問題・近現代史。テレビ番組のコメンテーターを務めるほか、書籍・雑誌への寄稿で活躍。著書に『こんなに強い自衛隊』(双葉社)、『日本が戦ってくれて感謝しています』(産経新聞出版)、『パラオはなぜ「世界一の親日国」なのか』(PHP研究所)ほか多数。



管理人は大東亜戦争を戦った兵士の皆様、大日本帝国の臣民の皆様方の名誉回復が悲願であります。
私が生きている間に、日本国中そして世界で名誉が回復される事を切に願います。

by tanaka369 | 2016-08-24 22:55 | 日本の事・日本人の歴史
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